企業の知識を未来に残す──ヒューマックの現場から

企業OS設計・伴走DXの実践記録。ICTサロン桑名の活動報告。株式会社ヒューマック│代表 伊藤晴通│三重県桑名市

「1人100エージェント」を支えるゲートウェイという発想は、実は零細企業にこそ必要だった

ソフトバンクが掲げた「全社で1人100エージェント」という号令をニュースで見て、「うちには関係のない、2万人規模の会社だけの話だ」と思ったことはないだろうか。だが、その号令を実現するために作られた仕組みの中身を見ていくと、規模の大小に関係なく、AIを本気で使う会社が最初に持つべきものが見えてくる。

2万人が「1人100エージェント」を動かすと何が起きるか

ソフトバンクの宮川潤一社長が掲げた「全社で1人100エージェント」は、単なる旗印ではなかった。2万人の従業員が日常的に数千〜数万個のAIエージェントを稼働させるという、文字通りの全社ミッションだった。

この構想を実現しようとした現場が最初にぶつかったのは、AIの性能の問題ではなく、次の「5つの壁」だった。

内容
契約の壁 ライセンス契約や予算化に多大な工数が必要
環境構築の壁 セキュアな環境構築に数週間単位のリードタイムが発生
セキュリティの壁 APIキーの漏えいリスク、不適切なプロンプトによる情報流出の懸念
ガバナンスの壁 利用状況がブラックボックス化し、コスト管理が不可能に
性能の壁 リクエストの爆発的増加に既存構成では対応できない

ソフトバンクはこの5つのうち、特にセキュリティ・ガバナンス・性能の3つを越えるために、独自のAIゲートウェイ「Cloud Proxy」を2023年から構築してきたという。テナントや利用者ごとに「Internal Key」を配布し、誰が・どこから・何にアクセスしているかを一元管理する仕組みだ。

この「5つの壁」、実は規模を問わず同じ形で現れる

ここが見過ごされがちなポイントだが、この5つの壁は2万人規模だから発生するわけではない。社員数名の会社でも、AIエージェントを本格的に使い始めた瞬間に、同じ形で現れる。

  • 契約:ツールごとにサブスクを契約し、気づけば管理しきれない数のAPIキーが散らばる
  • セキュリティ:APIキーをコードやチャットにそのまま書いてしまい、漏えいリスクに気づかない
  • ガバナンス:どのAIに何をどれだけ使わせているか、誰も把握していない
  • 性能:無料枠やレート制限に引っかかり、肝心なときにAIが動かない

違うのは「規模」であって、「構造」ではない。ソフトバンクが2万人分・数万エージェント分をさばくために作ったものと、零細企業が数個のエージェントを安全に動かすために必要なものは、実は同じ役割を持つ一枚の層——AIの入り口を一元管理するゲートウェイだ。

「会社のOS」がすでに持っている、小さなCloud Proxy

「会社のOS」で伴走してきた仕組みも、実はこの発想を最初から組み込んでいる。

ソフトバンクのCloud Proxy 「会社のOS」の実装
Internal Keyでテナント・利用者ごとに認証を一元管理 秘密情報の保管を一箇所(Vault)に集約し、各アプリはそこ経由でしか鍵に触れない
クラウドAPIへの一本化されたゲートウェイ 社内に置いた1台のサーバーが、AIへの窓口を一元管理するGateway
セキュリティの壁への対策 APIキーを個別のコードに直書きさせない設計を徹底
性能の壁(リクエスト急増)への備え 社内のローカルAIを主役にすることで、外部APIのレート制限にそもそも依存しない構成

規模は数万分の一でも、「AIとのやりとりを一箇所に集約し、そこだけを守る」という骨格は同じだ。むしろ零細企業の方が、この一箇所を疎かにした時の被害(キー漏えいによる想定外の請求など)が経営に直結しやすい分、先に手当てしておく価値は大きい。

「会社のOS」の観点から見ると

この記事を読んで一番刺さったのは、「ローカルサーバーをゲートウェイとしてもっと使い倒す余地がある」という点だった。ソフトバンクほどの規模でなくても、社内に常時稼働するAIの窓口を1つ持っておくことは、クラウドAPIへの課金を抑えるためだけの工夫ではない。それ自体が「セキュリティ」「ガバナンス」「性能」という3つの壁への回答になる。

大企業は2万人分の需要をさばくために巨大なゲートウェイを作った。零細企業は数個のエージェントのために、卓上サーバー1台分のゲートウェイがあれば十分かもしれない。だが「AIの入り口を1つに絞り、そこで認証・記録・制御をする」という設計思想の部分は、規模によらず必要になる。

こういう会社にも、もう他人事ではない

「1人100エージェント」は、まだ遠い未来の大企業の話に聞こえるかもしれない。しかし「1人が何個のAIエージェントを安全に持てるか」という問いは、社員数名の会社にもすでに突きつけられている。

答えを大手クラウドベンダー任せにするのではなく、自社の中にAIとの窓口を持つこと。規模が違うだけで、向き合う問いは変わらない。


参考
- ソフトバンクの「1人100エージェント」を支える独自AIゲートウェイ「Cloud Proxy」の正体(ITmedia)